なぜ2月は28日?30日と31日がある理由と世界共通になった歴史

暦の歴史 Knowledge

2月だけ28日(うるう年は29日)。
ほかの月は30日や31日。

なぜこんな不規則な形になっているのでしょうか。

実はこの疑問の答えは、
「月の満ち欠け」「古代ローマ」「宗教」「近代化」へとつながる、
2000年以上にわたる歴史の中にあります。

この記事では、

  • なぜ月は12か月なのか
  • なぜ30日と31日が混在しているのか
  • なぜ2月だけ短いのか
  • いつ世界共通になったのか

をわかりやすく整理します。


月はなぜ12か月? ― 月の満ち欠けが起源

カレンダーの「月」は、もともと月の満ち欠けから生まれました。

月が新月から満月、そしてまた新月へ戻るまでの周期は
約29.5日(朔望月)です。

古代の人々にとって、月の変化は最も分かりやすい時間の目印でした。
そこで約29日〜30日を1か月と考えるようになります。

一方、地球が太陽の周りを一周する時間は約365.24日。
これを月の周期で割ると、およそ12回。

こうして「1年=12か月」という形が生まれました。


なぜ30日と31日があるのか

もし12か月をすべて30日にすると、

30日 × 12か月 = 360日

1年より約5日足りません。

この不足分をどうするか。
ここで登場するのが古代ローマです。


2月が28日になった理由 ― 古代ローマ暦の名残

もともと3月が年始だった

古代ローマでは、現在のように1月始まりではなく、
3月が年の始まりでした。

つまり2月は「年末」の月だったのです。

年末は調整を行うのに都合がよい位置でした。
余った日数をここで帳尻合わせする形になりました。


ユリウス暦の制定(紀元前46年)

紀元前46年、ユリウス・カエサルが暦改革を行います。
これが「ユリウス暦」です。

  • 1年を365日とする
  • 4年に1回うるう年を設ける

その際、調整役として2月を28日(うるう年は29日)に固定しました。

こうして2月は「短い月」として定着します。


2月は「清めの月」だった

2月(February)の語源は、ラテン語の「Februa」。
これは「清めの儀式」を意味します。

古代ローマでは年の終わりに身を清める祭りが行われていました。
宗教的にも区切りの月だったことが、短い月として残る一因になりました。


現在の暦はいつ決まった? ― グレゴリオ暦

ユリウス暦にはわずかな誤差があり、
長い年月で季節とずれが生じました。

そこで1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世が
「グレゴリオ暦」を制定します。

これが現在、世界で標準的に使われている暦です。


世界共通になったのはいつ?

グレゴリオ暦はすぐに世界共通になったわけではありません。

  • 1582年:カトリック圏で採用
  • 1752年:イギリス
  • 1918年:ロシア
  • 1923年:ギリシャ

宗教や政治の事情で採用時期は大きく異なりました。

19世紀後半から20世紀にかけて、
国際貿易や鉄道、通信の発展により
共通の暦が必要になり、世界標準として定着しました。


日本はいつから?

日本は1873年(明治6年)に太陽暦を採用しました。
根拠は「明治5年太政官布告第337号」です。

それ以前は太陰太陽暦(旧暦)を使用していました。

近代化政策の一環として西洋式暦へ移行したのです。


まとめ ― 2月は“調整の月”

  • 月の満ち欠けから「月」が生まれた
  • 太陽年と合わないため日数の調整が必要だった
  • 2月は古代ローマで年末だった
  • 帳尻合わせ役として28日になった
  • 近代化の流れで世界標準となった

私たちは今も、
2000年以上前のローマ暦の構造の上で生活しています。

カレンダーはただの数字の並びではなく、
人類が時間をどう整理してきたかの記録でもあります。

2月が少し短い理由。
それは、歴史の名残なのです。


【参考文献・資料】
教皇勅書 Inter gravissimas(1582年)
Calendar (New Style) Act 1750
明治5年 太政官布告第337号
プルタルコス『カエサル伝』

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